1ケ月振りの山『竜ヶ岳』
丁度1ケ月前からbelleが様態悪化し、3日に遠くへ行ってしまったbelle
悲しみの毎日ですが、思い切って山へ行って来ました。
山陽道の玖珂SAから熊毛IC方向へ走っていると竜ヶ岳トンネルがあります。
その上の山が竜ヶ岳です。

筏場というところに登山口があります。

でも、いきなり籔です。
でも、これくらいの籔は登山道整備で何度も経験しているのでなんともありませんが、

あとはよく整備されていて歩きやすいところです。

地蔵のある尾根にでればあとは10分チョッと・・・

でも、ここからが山らしくなりかなりの急登でした。
岩場もあり、結構楽しい…

山頂はまあまあに広さです。
岩に上がって写真を撮ろうとしたところ、クマ蜂が1匹頭を掠めました。
偵察の来たのかも知れないので、頭を隠して逃げました。
遠く離れて暫く様子を見ていましたが、大丈夫そうなので写真を撮って、
弁当をそこそこに食べて下山しました。


弁当を食べている横で、カマキリも食事中でした。
クリックすると何を食べているかわかります

食べ終わったようです。

山頂からは玖珂の町が見えます。
山陽道もよく見えます。

左上が玖珂の町
下山は1時間かかりません。
今日は花の写真は1枚もありません。
悲しみの毎日ですが、思い切って山へ行って来ました。
山陽道の玖珂SAから熊毛IC方向へ走っていると竜ヶ岳トンネルがあります。
その上の山が竜ヶ岳です。

筏場というところに登山口があります。

でも、いきなり籔です。
でも、これくらいの籔は登山道整備で何度も経験しているのでなんともありませんが、

あとはよく整備されていて歩きやすいところです。

地蔵のある尾根にでればあとは10分チョッと・・・

でも、ここからが山らしくなりかなりの急登でした。
岩場もあり、結構楽しい…

山頂はまあまあに広さです。
岩に上がって写真を撮ろうとしたところ、クマ蜂が1匹頭を掠めました。
偵察の来たのかも知れないので、頭を隠して逃げました。
遠く離れて暫く様子を見ていましたが、大丈夫そうなので写真を撮って、
弁当をそこそこに食べて下山しました。


弁当を食べている横で、カマキリも食事中でした。
クリックすると何を食べているかわかります

食べ終わったようです。

山頂からは玖珂の町が見えます。
山陽道もよく見えます。

左上が玖珂の町
下山は1時間かかりません。
今日は花の写真は1枚もありません。
ホトトギス
旅立った belle
10月3日午前2時40分、最期の最期まで苦しみながら息を引きとりました。
15才と11ケ月14日…
みんなの気持で熊野町にある「広島ペット霊苑」というところへ行ってきました。
個別火葬で遺骨も持って帰りました。人の家族葬と同じようです。

belleのダイエットフード、お薬が苦手なので缶詰を出してもらっていたのを
もういくら食べてもいいよと、お供えしています。
本当に長い間、belleを看て頂いた上岡先生に亡くなったことを電話したら
さっき、お花を供えて下さいました。
いろいろな方に可愛がっていただき、そして家族みんなが癒されたbelle。
しかし、今年の3月末に重篤な病気で入院し、ICUの部屋で治療を受け、
助けていただいてからも入退院を繰り返していたbelle。
最期の入院は東京で会議があって連休が心配なので先月22日から24日
まで入院し、25日には元気で退院したのに…
でも、また様子が変わり27日に病院へ行ってもう肝臓、膵臓など治療できない
状態で家に帰って看取ることにしました。
28日から亡くなるまで、まったく食べることなくお水だけで5日間、下血、嘔吐を
しながら、痛かったんだろうと思います。
苦しそうななき方で、ただただ体をさすってやることしかできませんでした。
もう、足腰がぐったりして自分で立とうとしても立てないんです。
亡くなる寸前、元気な声で「ワ~ン」といって息を引きとりました。
この「ワ~ン」は家族に「それじゃ~行くね…」と言ったんでしょうね。
イチデジカメラで初めて写した写真です。

4月27日

庭にでてみました
交替しながらの不休不眠の介護と止まらない涙で目が痛いのですが、こうしてブログを
書きながらも
涙が止まりません。
いろいろ、心配をしていただいた皆さんにはお礼を申し上げます。
暫くは家のどこにいてもbelleがいるようで、辛い毎日ですが…
belleの為にも早く元気になります。
15才と11ケ月14日…
みんなの気持で熊野町にある「広島ペット霊苑」というところへ行ってきました。
個別火葬で遺骨も持って帰りました。人の家族葬と同じようです。

belleのダイエットフード、お薬が苦手なので缶詰を出してもらっていたのを
もういくら食べてもいいよと、お供えしています。
本当に長い間、belleを看て頂いた上岡先生に亡くなったことを電話したら
さっき、お花を供えて下さいました。
いろいろな方に可愛がっていただき、そして家族みんなが癒されたbelle。
しかし、今年の3月末に重篤な病気で入院し、ICUの部屋で治療を受け、
助けていただいてからも入退院を繰り返していたbelle。
最期の入院は東京で会議があって連休が心配なので先月22日から24日
まで入院し、25日には元気で退院したのに…
でも、また様子が変わり27日に病院へ行ってもう肝臓、膵臓など治療できない
状態で家に帰って看取ることにしました。
28日から亡くなるまで、まったく食べることなくお水だけで5日間、下血、嘔吐を
しながら、痛かったんだろうと思います。
苦しそうななき方で、ただただ体をさすってやることしかできませんでした。
もう、足腰がぐったりして自分で立とうとしても立てないんです。
亡くなる寸前、元気な声で「ワ~ン」といって息を引きとりました。
この「ワ~ン」は家族に「それじゃ~行くね…」と言ったんでしょうね。
イチデジカメラで初めて写した写真です。

4月27日

庭にでてみました
交替しながらの不休不眠の介護と止まらない涙で目が痛いのですが、こうしてブログを
書きながらも
涙が止まりません。
いろいろ、心配をしていただいた皆さんにはお礼を申し上げます。
暫くは家のどこにいてもbelleがいるようで、辛い毎日ですが…
belleの為にも早く元気になります。